共済金を退職金として受け取る選択肢とその魅力
小規模企業共済や中小企業退職金共済などの共済制度は、積み立てた掛金を将来的に一括受け取りできる仕組みです。この受け取り方法の一つが「退職金」としての受給です。
退職金として受け取る最大の魅力は、税制上の優遇措置を活用できること。一定の条件を満たせば、受け取る金額に対する税負担を大きく減らすことが可能になります。
しかし、退職金として受け取る場合でも、受け取り方や時期を間違えると節税効果が薄れてしまうこともあります。そのため、正しい制度理解と事前の計画が重要です。
なぜ退職金受け取りが節税につながるのか
共済金を退職金として受け取ると、**「退職所得控除」**という特別な控除を利用できます。この控除額は勤続年数によって増加し、さらに退職所得の課税方法は他の所得より有利です。
たとえば、個人事業主が小規模企業共済を20年掛けて積み立て、退職金として受け取る場合、退職所得控除によって課税対象額が大幅に減り、所得税や住民税の負担を最小限に抑えられます。
節税効果を最大化するために押さえるべき前提
退職金として共済金を受け取る際の節税効果は、次の3つの要素によって変わります。
- 掛金の総額
積立額が多いほど受け取り額も増えますが、それに伴い退職所得控除を超える部分が出る可能性があります。 - 加入期間(勤続年数)
控除額は勤続年数に比例して増えるため、長期加入が有利です。 - 受け取りタイミング
事業廃止や退職の年をいつにするかによって、他の所得との兼ね合いが変わり、税負担が異なります。
退職所得控除の仕組み
退職所得控除額は以下の計算式で求められます。
| 勤続年数 | 控除額の計算式 |
|---|---|
| 20年以下 | 40万円 × 勤続年数(最低80万円) |
| 20年超 | 800万円 + 70万円 × (勤続年数 – 20年) |
課税退職所得金額は、
(総受取額 - 退職所得控除額) ÷ 2
で求められます。この「1/2課税」が大きな節税ポイントです。
退職金受け取りと一時所得受け取りの違い
共済金の受け取り方法は大きく分けて以下の3つです。
- 退職金として一括受け取り(退職所得扱い)
- 年金として分割受け取り(雑所得扱い)
- 一時所得として一括受け取り(事由による)
この中で最も節税効果が高いのが退職所得扱いです。一時所得の場合、特別控除50万円はありますが、退職所得控除や1/2課税は適用されません。
加入年数別の節税メリット比較
退職金として受け取る場合、加入年数が長いほど退職所得控除額が大きくなります。以下は加入期間ごとの控除額と節税効果のイメージです。
| 加入期間 | 退職所得控除額 | 受取額例(掛金月額3万円) | 課税退職所得金額 | 節税効果の目安 |
|---|---|---|---|---|
| 10年 | 400万円 | 約360万円 | 0円 | 受取額全額非課税 |
| 20年 | 800万円 | 約720万円 | 0円 | 受取額全額非課税 |
| 25年 | 1,150万円 | 約900万円 | 0円 | 受取額全額非課税 |
| 30年 | 1,500万円 | 約1,080万円 | 0円 | 受取額全額非課税 |
※試算条件:年利0%、掛金月額3万円、元本のみ計算。実際には運用益が加わります。
ポイントは、多くのケースで受取額が控除額を下回り、課税所得ゼロになるという点です。これが退職金受け取りの大きな節税効果です。
節税効果のシミュレーション
例として、掛金月額5万円を20年間積み立てた場合の試算を見てみましょう。
- 総掛金額:5万円 × 12ヶ月 × 20年 = 1,200万円
- 想定運用益:年利1% → 約1,332万円(総受取額)
- 退職所得控除額:800万円(20年)
- 課税退職所得金額 = (1,332万円 – 800万円)÷ 2 = 266万円
- 所得税率20%、住民税10% → 税額約80万円
もし同じ額を一時所得として受け取った場合、課税対象額は以下のようになります。
- 一時所得課税対象額 = (1,332万円 – 50万円)÷ 2 = 641万円
- 税額 = 約192万円
差額:約112万円の節税になります。
他の受け取り方法との比較
以下の表は、共済金の受け取り方法別の課税方式と特徴です。
| 受け取り方法 | 所得区分 | 控除制度 | 課税計算方法 | 節税効果の傾向 |
|---|---|---|---|---|
| 退職金一括受取 | 退職所得 | 退職所得控除 | (受取額 – 控除額)÷2 | 高い |
| 年金受取 | 雑所得 | 公的年金等控除 | 総額全額課税対象(控除あり) | 中程度 |
| 一時所得 | 一時所得 | 特別控除50万円 | (受取額 – 50万円)÷2 | 低い |
退職所得扱いは控除額が大きく、さらに課税額が半分になるため、特に長期加入者には圧倒的に有利です。
退職金受け取りが向いているケース
- 20年以上の長期加入を予定している
- 受取時に他の所得がほとんどない(事業廃止・完全退職時)
- 一括受取が可能で、将来の資金計画に合わせやすい
- 老後のまとまった資金を確保したい
一方で、短期加入(10年未満)や受取時に他の所得が多い場合は、必ずしも退職金受取が最適とは限りません。
節税効果を最大化する受け取りタイミング
共済金を退職金として受け取る場合、受け取る年の所得状況によって節税効果が変わります。退職所得は分離課税ですが、退職所得控除額を超える部分は課税対象になるため、次の点に注意しましょう。
1. 他の退職金や退職所得と同じ年に受け取らない
退職所得控除額は、同一年に複数の退職所得がある場合、合算して計算されます。そのため、例えば会社の退職金と共済金を同じ年に受け取ると控除枠が減る可能性があります。
対策例
- 共済金の受け取りを翌年にずらす
- 会社退職前に共済金を先行受け取りする(要シミュレーション)
2. 事業廃止後に受け取る
個人事業主の場合、事業廃止の年に受け取ると「事業廃止所得」として退職所得扱いにできます。廃止後すぐに受け取れば、他の所得と重ならず節税効果が最大化されます。
3. 受け取り年の所得を抑える
退職所得は分離課税のため給与や事業所得とは直接合算されませんが、社会保険料や各種控除の計算には影響する場合があります。特に国民健康保険料は退職所得も計算基礎になる自治体があるため、事前に確認が必要です。
税務上の落とし穴と注意点
退職金受け取りによる節税効果は大きい一方、次のような誤解や失敗事例があります。
1. 「どの受け取り方でも同じ」ではない
- 一時所得や年金受取にすると、控除額や課税計算が変わり税額が増える場合があります。
- 加入期間が短い場合や急な解約では、退職所得控除のメリットが小さくなることも。
2. 加入期間のカウントミス
退職所得控除額は加入年数に応じて計算されます。年数の計算方法は以下の通り。
- 1年未満の端数は切り上げ(例:15年2か月 → 16年として計算)
- 複数の共済加入期間がある場合、通算可能な制度もあり(要確認)
3. 受け取り申請書の記載ミス
退職所得として扱うには、受け取り申請書の所得区分欄に正しく「退職所得」と記載する必要があります。誤って「一時所得」にチェックを入れてしまうと、後から修正申告が必要になります。
4. 他の共済制度との重複受け取り
- 小規模企業共済と中小企業退職金共済(中退共)を同年に受け取ると控除枠が合算計算になり、不利になる場合があります。
実務で役立つチェックリスト
退職金受け取り前に、以下を確認しましょう。
- 加入年数と退職所得控除額の確認
- 他の退職所得の有無(同年受取の有無)
- 受け取り年の所得・保険料負担の確認
- 申請書の所得区分欄の記載内容
- 受取時期をずらす必要の有無
- 顧問税理士または共済事務局への事前相談
実際の活用事例から学ぶ節税成功・失敗パターン
成功パターン①:受け取り時期を分散して控除を最大活用
事例
Aさん(個人事業主・加入歴20年)は、事業廃止の翌年に共済金を退職金として受け取り。前年に廃業していたため、その年の退職所得は共済金のみ。
結果
退職所得控除額が全額適用され、税負担はゼロに。国民健康保険料も低く抑えられた。
成功パターン②:他の退職金と受け取り年をずらす
事例
B社長(法人経営者・加入歴25年)は、役員退職金と小規模企業共済の受取時期を1年ずらした。
結果
両方の退職所得控除額をフル活用でき、合計で数百万円の税負担を回避。
失敗パターン①:申請書の所得区分を誤記
事例
Cさん(加入歴15年)は、共済金受け取り申請書で「一時所得」にチェック。後日「退職所得」に変更申請したが、税務署から修正申告を求められ、追加の手間と時間が発生。
教訓
申請書の区分は慎重に確認し、可能なら税理士にチェックしてもらう。
失敗パターン②:同一年に複数の退職所得を受け取って控除枠縮小
事例
Dさんは、中退共の退職金と小規模企業共済を同一年に受け取り。控除額が合算計算となり、課税対象額が増加。
教訓
複数の退職金がある場合、必ず時期を分ける。
共済金を退職金として受け取るための行動ステップ
- 加入年数と控除額を確認
- 共済事務局または税理士に依頼して試算
- 加入年数は端数切り上げを考慮
- 受け取り時期を戦略的に決定
- 他の退職金の有無をチェック
- 廃業や退職とのタイミングを調整
- 所得や保険料の影響をシミュレーション
- 国保や年金の計算基礎に含まれるか確認
- 所得控除や税率変動を事前に試算
- 申請書を正確に記載
- 所得区分欄を「退職所得」に設定
- 添付書類や証明書類の漏れがないか確認
- 税理士と二重チェック
- 節税シミュレーション
- 法改正や制度変更の確認
まとめ
- 共済金は受け取り方・タイミング次第で大きな節税効果が得られる
- 「退職所得控除」と「分離課税」を最大限活かすには、受け取り年の調整が鍵
- 他の退職金との同年受取は避ける
- 制度や税制のルールを正確に理解し、事前に専門家へ相談することが成功の近道










