法人経営における「配当金」と「法人保険」の位置づけ
会社を経営していると、利益をどのように活用するかが重要なテーマになります。
役員報酬として還元する方法もあれば、株主に配当金を支払う方法、あるいは法人保険を利用して節税や資金繰りの安定を図る方法もあります。
とくに「配当金」と「法人保険」は、どちらも税務上の扱いが複雑で、誤解が生じやすい分野です。正しい理解がないまま活用すると、税務調査で否認を受けたり、思ったような節税効果が得られなかったりするリスクがあります。
本記事では、配当金と法人保険に関する税務上の取り扱いを整理し、経営判断に役立つ情報をまとめます。
配当金と法人保険の税務上の扱いを誤解するとどうなるか
多くの中小企業では、決算で利益が出た際に「役員報酬を増やすか、配当を出すか、法人保険に加入するか」という選択肢を検討します。
しかし、この判断を税務上の理解なしに行うと、次のような問題が起こり得ます。
- 配当金の課税関係を誤解し、法人税と所得税の二重課税で思った以上の税負担となる
- 法人保険の損金算入ルールを誤解し、後に否認され追加課税を受ける
- 将来の出口戦略(解約・配当還元・退職金など)を見誤り、キャッシュフローが悪化する
- 「節税になる」と思って加入した法人保険が、実際には資産計上扱いとなり、節税効果が限定的だった
これらはすべて、配当金と法人保険の税務処理の正しい理解不足から起こるものです。
配当金の税務上の基本ルール
まずは配当金の税務処理について整理しておきましょう。
配当金を支払う場合(法人 → 株主)
- 配当金は法人の損金にならない(利益処分扱い)
- 法人は、配当金支払に伴い「配当金計算書」を作成し、株主ごとの金額を確定させる
- 株主が個人の場合、配当金は所得税・住民税の課税対象(配当所得)となる
株主が個人の場合の課税方式
個人株主が受け取った配当金は、次のいずれかで課税されます。
- 申告不要制度
上場株式等の配当については源泉徴収のみ(20.315%)で課税完了。 - 総合課税
配当所得を給与所得などと合算し、累進課税で計算。配当控除が適用される場合あり。 - 申告分離課税
上場株式等の配当については、株式譲渡所得と損益通算可能。
株主が法人の場合の課税
- 受取配当金益金不算入制度が適用され、持株比率に応じて益金不算入割合が決まる。
- 100%子会社配当 → 全額不算入
- 3分の1超の持株 → 50%不算入
- 5%未満の持株 → 20%不算入
このように、株主の属性や持株比率で課税関係が大きく変わる点が、配当金の難しいところです。
法人保険の税務上の基本ルール
次に、法人保険の税務処理を整理します。
法人保険の加入目的
法人保険は、主に以下の目的で利用されます。
- 役員退職金の準備
- 事業保障(経営者に万一の際の資金確保)
- 節税(保険料の損金算入による利益圧縮)
- 資金繰り調整(解約返戻金を利用した資金確保)
保険料の損金算入ルール
法人保険は、契約内容によって保険料の損金算入割合が変わります。
- 定期保険(純粋保障型) → 全額損金
- 長期平準定期保険 → 2019年の税制改正で一部のみ損金算入
- 逓増定期保険 → 改正により損金算入範囲が縮小
- 養老保険 → 原則資産計上(損金にならない)
つまり、法人保険といっても全額損金になるわけではなく、契約内容に応じて処理が変わります。
配当金と法人保険、どちらを優先すべきか
結論から言えば、目的によって使い分けるのが正しい選択です。
一方を完全に否定するのではなく、配当金と法人保険のメリット・デメリットを理解したうえで、経営戦略や株主構成、資金繰りに応じてバランスをとることが求められます。
配当金を優先すべきケース
- 株主への利益還元を重視する場合
- 会社に内部留保が十分にあり、配当を安定的に支払える場合
- 株主が法人で、受取配当益金不算入制度を活用できる場合
- 節税よりも株主との信頼関係を優先したい場合
法人保険を優先すべきケース
- 役員退職金の準備を進めたい場合
- 経営者に万一のことがあった場合に備えて、事業保障を確保したい場合
- 利益を圧縮し、法人税の支払いを平準化したい場合
- 将来の資金繰りに備え、解約返戻金を利用する計画がある場合
配当金と法人保険の税務上の比較ポイント
経営判断を行ううえで、両者の税務上の扱いを比較することが不可欠です。
| 項目 | 配当金 | 法人保険 |
|---|---|---|
| 損金算入可否 | 損金算入できない(利益処分扱い) | 保険の種類によっては一部損金算入可能 |
| 株主課税 | 個人:配当所得課税 / 法人:益金不算入制度あり | なし(保険料は会社の支出) |
| 法人側の節税効果 | なし | 契約内容によっては法人税の繰延効果あり |
| キャッシュフロー | 配当支払=資金流出 / 将来の戻りなし | 解約返戻金で将来資金回収の可能性あり |
| 株主還元 | ダイレクトに株主利益へ | 役員退職金・保障など経営者・会社の利益確保 |
配当金を出す場合の税務上の留意点
配当金は「法人税の計算上、損金にならない」ため、税務的には節税効果がありません。
ただし、株主が法人であれば受取配当金益金不算入制度により、二重課税が一定程度調整されます。
一方、株主が個人であれば、配当所得に対して20.315%の源泉徴収(上場株式の場合)が行われ、申告方法によっては累進課税の対象になります。
つまり、個人株主中心の会社では配当金が税負担を増やす可能性があるため注意が必要です。
法人保険を活用する場合の税務上の留意点
法人保険の最大の特徴は、保険料の一部または全部を損金に算入できる可能性がある点です。
ただし、2019年以降の税制改正により、多くの法人保険の損金算入ルールは制限されました。
例えば逓増定期保険や長期平準定期保険は、全額損金ではなく「保険料の一定割合のみ損金」という取り扱いになっています。
また、出口戦略を見据えた設計が重要です。
解約返戻金を受け取るときには益金算入されるため、結果的に課税が繰り延べられるだけになるケースも多いのです。
なぜ誤った判断が起きやすいのか
中小企業においては、次のような理由で誤解が生じやすいです。
- 税制改正によるルール変更を正しく把握していない
- 「節税になる」と営業担当者から勧められたが、実際は資産計上扱いだった
- 配当金が株主にとってどう課税されるかを軽視していた
- 将来の資金繰り(解約返戻金のピーク時期など)を考慮していなかった
つまり、配当金も法人保険も「短期的なメリット」に偏って判断してしまうと、後に大きなデメリットが顕在化するリスクがあるのです。
具体例で比較する配当金と法人保険の取扱い
例1:配当金を出すケース
ある中小企業(A社)が、当期の利益5,000万円を計上しました。
株主は経営者本人(個人)で100%保有しています。
- 配当金額:1,000万円
- 法人側の税務:配当は損金不算入 → 法人税は利益5,000万円で課税
- 株主側の税務:1,000万円の配当所得に対し、20.315%の税金(概算約203万円)
👉 この場合、法人には節税効果はなく、個人株主に追加の税負担が生じるため、実効税率が高くなりやすいのが特徴です。
例2:法人保険を活用するケース
同じくA社が、利益5,000万円のうち1,000万円を法人保険の保険料として支払ったとします。
- 契約内容:長期平準定期保険(保険料の1/2が損金算入可能)
- 法人側の税務:500万円を損金算入 → 課税所得は4,500万円に減少
- 法人税率30%と仮定:法人税は1,500万円 → 節税額は約150万円
- 将来の取扱い:解約時に解約返戻金を受け取ると益金算入(例:700万円戻る場合 → その年に課税)
👉 短期的には節税効果があるが、解約時に利益が跳ね返るため、税金の繰延べにすぎないケースが多いです。
ただし、その繰延べ期間にお金を運用できるメリットは見逃せません。
配当金と法人保険のシミュレーション比較
| 項目 | 配当金 | 法人保険 |
|---|---|---|
| 当期の課税所得 | 5,000万円 | 4,500万円 |
| 法人税(30%想定) | 1,500万円 | 1,350万円 |
| 株主側の課税 | 約203万円 | なし |
| キャッシュフロー | -1,000万円(株主へ) | -1,000万円(保険料支払い) |
| 将来の戻り | なし | 解約返戻金あり(課税対象) |
👉 この比較からわかるのは、配当金は即時に株主還元できる一方で税負担が大きいのに対し、法人保険は節税繰延と保障機能を持ち、将来資金を確保できるという違いです。
例3:株主が法人の場合の配当金
B社(親会社)がA社の株式を100%保有しているケース。
- 配当金額:1,000万円
- 法人側(A社):配当は損金不算入 → 課税所得は5,000万円
- 親会社(B社):受取配当益金不算入制度により、配当の95%が益金不算入
→ 実質的に税負担はほとんど生じない
👉 このように、株主が法人であれば「配当金」を選択するメリットは大きくなります。
中小企業グループでホールディングス化している場合には、配当を活用する戦略も十分検討の余地があります。
例4:法人保険を退職金準備に使う場合
C社では、社長の退職予定に合わせて法人保険を活用。
- 保険料支払期間:15年間
- 年間保険料:800万円
- 解約時の返戻金:1億円
- 退職金として社長に支給 → 退職所得控除を活用し、個人の税負担は大幅に軽減
👉 このケースでは、法人保険の「保障+退職金準備+節税繰延」が一体となった使い方であり、典型的な成功事例といえます。
具体例から見える判断のポイント
事例を通して見えてくるのは、次のような判断軸です。
- 株主が個人か法人か → 配当金の有利不利が大きく変わる
- 資金の使い道 → 即時還元か将来準備か
- 税制改正の影響 → 法人保険は制度変更に左右されやすい
- キャッシュフロー戦略 → どの時点で税金を支払うかを意識する
経営者が取るべき実務的なアクション
1. 現状の財務状況を整理する
まずは会社の「利益」「内部留保」「借入状況」「株主構成」を洗い出しましょう。
- 個人株主のみ → 配当金は税負担が重い可能性が高い
- 法人株主がいる → 受取配当益金不算入が使えるので配当戦略が有効
- 利益が増加傾向 → 法人保険での繰延べメリットが期待できる
👉 数字で可視化してから戦略を決めることが最優先です。
2. 将来の資金需要を明確にする
- 設備投資予定
- 社長や役員の退職時期と退職金額
- 借入返済スケジュール
- 万一の保障ニーズ
👉 この資金計画が「配当金で株主に還元するべきか」「法人保険で将来に備えるべきか」の分かれ道になります。
3. 税務リスクを把握する
法人保険は節税商品として活用されやすい分、過去に何度も税制改正が行われてきました。
- 定期保険や逓増定期保険の損金算入割合の制限
- 名義変更による課税強化
- 保険契約形態に応じた税務処理の明確化
👉 税制改正リスクを常に意識し、税理士と二人三脚で検討することが必須です。
4. 配当政策を中期的に設計する
特にオーナー企業では「配当を出すか、保険を使うか」が場当たり的になりがちです。
- 3〜5年単位の利益計画に沿った配当方針
- 株主の所得税率を踏まえた配当額調整
- 保険を絡める場合は解約時期もシミュレーション
👉 中期的な経営計画とセットで設計することが、税金とキャッシュの最適化につながります。
5. 専門家に相談する
配当金と法人保険はいずれも「税金」「キャッシュフロー」「株主関係」「経営戦略」が絡み合う高度なテーマです。
- 税理士 → 法人税・所得税の観点で最適化
- 保険会社・代理店 → 保険商品の比較と提案
- コンサルタント → 配当政策や株主還元の方針策定
👉 まずは税理士に相談し、自社の利益水準や株主構成をもとに最適な選択肢を絞り込むことをおすすめします。
記事のまとめ
- 配当金は「即時還元」だが、個人株主への税負担が重い
- 法人保険は「税金繰延べ+保障+退職金準備」に有効
- 法人株主がいる場合は配当が有利になるケースも多い
- 税制改正リスクを見据えて柔軟に活用することが重要
- 中期的な配当政策・資金計画と合わせて検討すべき
👉 短期的な節税にとらわれず、長期的な経営計画に基づいた制度選択が成功のカギです。










