中小企業経営者が直面する事業承継の課題
中小企業にとって「事業承継」は避けて通れない大きなテーマです。経営者が高齢化する中で、後継者へのバトンタッチがスムーズに進まない企業も多く存在します。
承継において最も大きな障害となるのが 相続税や贈与税の負担 です。自社株式や事業用資産の評価額が高い場合、多額の税負担が発生し、後継者の資金繰りを圧迫してしまいます。これが原因で事業承継が滞り、黒字倒産に至るケースすらあるのです。
この問題を解決するために注目されているのが、
- 法人保険の活用
- 事業承継税制(納税猶予制度)の活用
です。これらを単独で利用する方法もありますが、実は 「併用」することで相乗効果が生まれる ケースがあります。
法人保険と事業承継税制を組み合わせる発想
法人保険は、会社が契約者となり保険料を支払う仕組みで、保障機能や積立機能を活用できます。特に死亡保険金は、経営者に万一のことがあった場合の資金源として重要です。
一方で、事業承継税制は一定の条件を満たすことで、相続や贈与に伴う自社株式の 相続税・贈与税の納税が猶予される制度 です。2025年現在、制度は大幅に拡充され、後継者の負担を大きく軽減できる仕組みとなっています。
つまり、
- 法人保険で資金面のリスクヘッジ
- 事業承継税制で税務面のリスク軽減
を同時に行うことで、承継に伴う「資金」「税金」の両方をカバーできるのです。
なぜ併用メリットが重要なのか
事業承継対策として「どちらか一方」だけを使うケースも多いのですが、そこには限界があります。
- 法人保険だけでは、株式評価が高い場合に相続税の負担をゼロにできない
- 事業承継税制だけでは、経営者急逝時の運転資金や納税資金を確保できない
このように、片方だけではカバーしきれない課題が残ってしまいます。
そのため、 「両輪」として組み合わせることが経営者にとって合理的な選択肢 となるのです。
法人保険の基本的な役割と活用ポイント
まずは、法人保険の仕組みを整理しておきましょう。法人保険は大きく以下のような役割を果たします。
法人保険の主な役割
- 死亡保険金で事業継続資金を確保
→ 経営者に万一のことがあっても、遺族や会社が混乱しないように備える。 - 解約返戻金で将来の資金準備
→ 退職金・事業承継資金・設備投資など、解約による資金化が可能。 - 福利厚生や役員退職慰労金の準備
→ 法人の費用計上により税負担を抑えつつ、将来の支出を賄える。
法人保険を事業承継に使う具体例
例えば、経営者が亡くなった場合、後継者は自社株を相続します。このとき相続税が発生しますが、法人保険の死亡保険金を原資にすることで、納税資金や事業資金を確保できます。
また、経営者の退任時には解約返戻金を退職金として支給し、承継資金に充てるといった活用方法も考えられます。
事業承継税制の基礎とポイント
次に、事業承継税制の仕組みを確認します。
事業承継税制とは?
事業承継税制は、自社株式を後継者に承継する際に発生する 相続税・贈与税の納税を猶予する制度 です。一定の要件を満たせば、最終的に免除されることもあります。
主な要件(簡略化)
- 対象会社が中小企業であること
- 承継するのが後継者(親族や従業員)であること
- 5年間の継続雇用や事業継続要件を満たすこと
制度を利用するメリット
- 高額な相続税・贈与税の支払いを回避できる
- 後継者の資金繰りが安定する
- 会社の存続がスムーズになる
このように税制面での負担を大きく軽減できるため、承継を妨げる「税金の壁」を取り除く効果があります。
法人保険と事業承継税制の併用メリット
税務と資金を同時にカバーできる強み
法人保険と事業承継税制を併用する最大のメリットは、税務と資金の両面から承継を支援できる点です。
それぞれ単独では限界がある仕組みを補い合い、総合的な事業承継対策を構築することが可能になります。
税務面の効果
- 事業承継税制により、自社株式の相続税・贈与税の納税が猶予される
- 株式評価が高額でも、即時に納税資金を準備する必要がなくなる
- 長期的な承継計画を立てやすくなる
資金面の効果
- 法人保険の死亡保険金により、経営者急逝時の運転資金を確保できる
- 解約返戻金を退職金として支給すれば、後継者への承継資金に充当できる
- 法人が支払った保険料は、一定条件下で損金算入でき、資金準備と節税を両立可能
このように、税金負担の軽減と資金準備を一度に行える点が併用の強みです。
経営者急逝リスクへの備え
事業承継で特にリスクが大きいのが、経営者の突然の死亡です。
この場合、後継者は相続税を負担するだけでなく、会社経営の安定資金も必要になります。
- 事業承継税制だけを使う場合
→ 納税は猶予されるが、運転資金や従業員の給与資金をすぐに用意できない - 法人保険だけを使う場合
→ 死亡保険金で資金は確保できるが、株式評価に伴う相続税は依然として発生
このように、どちらか一方では対応が不十分です。
両者を組み合わせれば、
- 税金は事業承継税制で猶予
- 資金は法人保険で確保
という 「安心の二重備え」 が可能になります。
相続税負担の平準化と資金準備の同時実現
もう一つ重要なのが、資金準備と税務負担を時間軸でコントロールできることです。
- 法人保険の解約返戻金 → 経営者の退職金や株式買い取り資金に充当
- 事業承継税制 → 相続税・贈与税の支払いを猶予、条件を満たせば免除もあり
この仕組みによって、**「今すぐ必要なお金」と「将来的に負担する税金」**を分けて対応できます。
| 対応内容 | 法人保険 | 事業承継税制 |
|---|---|---|
| 短期資金確保 | 死亡保険金・解約返戻金 | – |
| 中長期の税負担軽減 | – | 相続税・贈与税の猶予・免除 |
| 承継時の安定性 | 退職金・運転資金確保 | 納税負担ゼロで承継 |
このように役割を整理すると、併用の有効性がより明確になります。
金融機関との交渉力向上
実は、法人保険と事業承継税制の併用は、金融機関からの信用にもつながります。
事業承継に備えた 資金計画と税務計画が明確 であれば、融資審査においてもプラス評価を得やすいのです。
例えば、
- 保険契約による死亡保険金の受取予定
- 事業承継税制による納税猶予の適用計画
を示すことで、金融機関は「この企業は承継後も安定した資金繰りが可能」と判断できます。
これは後継者にとって大きな安心材料となり、承継後の経営基盤を強化することにつながります。
法人保険と事業承継税制の併用メリット
ケーススタディ①:後継者が子どもで自社株評価が高い場合
製造業を営むA社では、経営者の自社株評価額が数億円に達していました。
もし経営者が急逝すれば、後継者である長男には多額の相続税が発生します。
- 事業承継税制の活用
自社株の相続税は猶予され、すぐに納税する必要はなくなる。 - 法人保険の活用
経営者死亡時に支払われる保険金で、運転資金や従業員の給与を確保。
この結果、長男は「相続税の支払い負担」から解放されつつ、「経営安定資金」を持って承継をスタートできました。
ケーススタディ②:親族外承継(従業員への承継)の場合
建設業を営むB社は、後継者が親族ではなく、長年勤めた役員でした。
親族外承継の場合、株式の買い取り資金をどう確保するかが大きな課題です。
- 法人保険の活用
解約返戻金を利用して、退職金や株式買い取り資金を準備。 - 事業承継税制の活用
贈与や相続に伴う株式評価額の課税を猶予し、後継者に負担が集中しないよう調整。
これにより、後継者は金融機関からの借入に頼らずに株式を取得でき、スムーズな承継が実現しました。
ケーススタディ③:経営者の急逝に備えるリスク対策
C社では経営者が50代前半とまだ若く、事業承継は先のことと考えていました。
しかし突然の病気リスクに備え、法人保険と事業承継税制を早めに準備しました。
- 死亡保険金 → 承継時の緊急資金として確保
- 解約返戻金 → 将来の退職金財源に
- 事業承継税制 → 株式の相続税負担を猶予
結果的に、経営者が急逝しても後継者がすぐに経営を引き継げる体制が整いました。
ケーススタディ④:複数の後継者候補がいる場合
D社は3人兄弟が株式を相続する予定でした。
しかし、後継者は長男に一本化する方針をとっていたため、株式の集中が必要でした。
- 法人保険の役割
解約返戻金を活用し、次男・三男には代償分割金(公平性を保つためのお金)を支払う。 - 事業承継税制の役割
長男が取得する株式について、相続税の負担を猶予。
このスキームにより、相続人間の不公平感を解消しつつ、経営権の集中を実現できました。
ケーススタディ⑤:赤字決算が続く企業の場合
E社は近年赤字が続き、納税猶予制度を利用できるかどうかが不安でした。
しかし専門家のアドバイスにより、法人保険を組み合わせて承継対策を進めることができました。
- 法人保険の解約返戻金を利用して、経営再建資金を確保。
- 将来的に黒字化が見込まれる段階で、事業承継税制を活用し、株式評価額の相続税を猶予。
短期的には資金繰りを安定化させ、長期的には承継の税務負担を軽減する二段階の対策が可能となりました。
法人保険と事業承継税制の併用メリット
併用を成功させるための注意点
法人保険と事業承継税制を効果的に活用するためには、以下の点に注意が必要です。
税制改正リスクを把握する
- 事業承継税制はこれまでに何度も改正されてきました。
- 現在利用できる猶予制度も将来縮小される可能性があるため、定期的な制度確認が必須です。
保険の返戻率や解約時期を誤らない
- 高返戻率を期待しても、解約時期を間違えると資金効率が悪化します。
- 保険加入時に「退職金支給」「株式買い取り」など具体的な用途とタイミングを想定して設計しましょう。
後継者の育成とセットで考える
- 税制や資金準備だけでは承継は不十分です。
- 後継者が経営を担う力を持っていなければ、制度を活かしきれません。
実践ステップ:経営者が今からできる準備
ステップ1:現状の把握
- 自社株評価額を確認する
- 相続税・贈与税の負担額をシミュレーションする
ステップ2:専門家への相談
- 税理士、公認会計士、保険コンサルタントに相談し、総合的な承継プランを策定
- 「法人保険」「事業承継税制」「資金繰り」の3点を同時に検討
ステップ3:法人保険の導入
- 目的に応じた商品を選定(退職金準備・株式買い取り資金・緊急時資金)
- 返戻率と保険期間を確認し、資金計画に組み込む
ステップ4:事業承継税制の適用準備
- 承継計画の作成
- 後継者の要件確認(役員就任・株式保有比率など)
- 税務署・都道府県への申請手続き
ステップ5:定期的な見直し
- 経営環境・業績・税制改正に応じて、承継計画をアップデート
- 法人保険の解約・更新時期を見直す
法人保険と事業承継税制は「攻守一体」の承継対策
- 法人保険 → 資金面の備え(退職金・株式買い取り・運転資金)
- 事業承継税制 → 税負担の軽減(相続税・贈与税の猶予)
この2つを併用することで、経営者の急逝や想定外の状況にも対応でき、後継者は安定した形で経営を引き継ぐことができます。
事業承継は「一度きりの重大イベント」です。
早めに準備を進めることで、会社と従業員、そして家族の未来を守ることにつながります。










